訃報とこれは何を示唆するのか?

入院して横たわるベッドの脇で携帯が鳴った。
『おじいちゃんが息を引き取った』とRayからの連絡。

同居していた祖父は満90歳だが口達者な頑固者で
いつも顔を合わせては憎まれ口を叩き合った。
年明け直ぐに入院した時も何度目かだったので、
また無事に帰って来るだろうと踏んでいた。

戦争の話も、人生観も教えてもらわず、自らもきかず
生まれも育ちも職場も暮らしもこの小さな町で、
『いつか吉本見に行こうか』『嫌や、嘘やもん』
というガキの頃の会話を思い出す。
自分が社会人になってしてあげた事が記憶にないくらい、
身近で。


母さんが死んだとき、部屋の端っこで目頭おさえてて、
『泣いてくれてるんやな…』声掛けたら、『ううん、眠いねん』と言った
おじいちゃん。
足悪くしたとき、障害の度合いで給付金の金額変わるから視察にきた
町職員にいつも以上に動かして健康アピールし、受給額が少なくなった
おじいちゃん。
林檎を剥いてたとき、ひ孫のyuima-ruがちょうだいというと
一番小さい一かけを渡していたおじいちゃん。
子供のとき、普段食べないゼリーを食べていたおじいちゃん
あれは台所に置いてたカブトムシの餌のゼリーだったんだよ。
黙っててごめんなさい。
水に砂糖を入れて凍らせて自家製アイスといって食べていたおじいちゃん。

口喧嘩しかしてなかったし、家でも憎まれ役、頑固者。きかんぼう。
でも戸締まりや電気の消し忘れ、口うるさいあなたが居なくなるのは寂しいです。
ご冥福をまさか病院のベッドから祈るなんて。


『今』から何が読みとれる。
健康が大事。
人はこんな悲しみだって忘れていくように作られてる生き物
大切なのは忘れる事と忘れない事。
忘れない奴が伸びること。
あと、この相部屋の他の人にも、この病棟の人、もちろん看護士さんだって
同じように家族がいて、僕と同じような繋がりがあって
この町も、隣街にも、それが繋がって続いてる。繋がり合っている、
30歳になったばかりで起こるてんやわんやな人生の転換期なんかな。
5年後の未来へ進むための心を、人を思いやれる心を磨く為の今日の出来事。






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